50周年特別会議 三觜隆嗣先輩、稲田渉先輩、金子晋也先輩

中島 50 周年の事業について、お話を聞かせていただけますか?

三觜先輩 2017 年に第50 代理事長の安藤信介君が亡くなったことが大きな出来事でした。もし安藤理事長が生きていれば、今日この場でインタビューを受けていたと思いますが、そのような事情で我々がインタビューを引き継いでいます。 1 年間の例会を通じて、全ての事業が50 周年記念事業として行われました。12 回の例会や賀詞交歓会など、それぞれの会が記念事業として行われました。 その中でも記念式典や懇親会は、OB合同例会の一環として実施されました。安藤理事長から、年間の予定を組む時に通常の合同例会を記念式典にしようという話があったので、事前にOB 会長と話をして、OB 会も了承をしてくれました。

中島 50 周年の記念式典を開催するにあたり、何か苦労したことなどありました?

金子先輩 会場の設営がとても大変でした。会場を江の島のサムエル・コッキング苑にしたのですが、当時は椅子やテーブルの用意がなかったので、必要な物は全て下から運ぶ必要がありました。

中島 会場選定はどのようにしたのでしょうか?

三觜先輩 会場選定に関しては紆余曲折ありました。湘南鎌倉クリスタルホテルや湘南台のプラネタリウムなども候補にあがりましたが、最終的には江の島サムエル・コッキング苑に決まりました。

中島 様々な候補がある中でなぜ江の島サムエル・コッキング苑に決まったのでしょうか?

三觜先輩 最初は記念式典を開催“ できる場所”という視点で場所を探していたのですが、その視点だとどんどん場所が限られていってしまったので、記念式典を“ やりたい場所” を選ぶという方針に切り替えました。そうすると選択肢が一気に広がり、最終的には安藤理事長の強い要望で江の島に決まりました。

稲田先輩 念のためミナパークを抑えておいて、雨の場合はどうするというシミュレーションをしっかりやっていたのも、江の島で開催することができた理由のひとつでした。

三觜先輩 シミュレーションしていた体でした( 笑) 腹の中では雨が降っても関係ない。絶対に江の島でやるんだという強い気持ちで準備をしていました。

中島 当日の天気はどうだったのでしょうか?

金子先輩 午前中は雨が土砂降りでした。午後6 時からのスタートだったのですが、朝からカッパを着て会場の設営準備をしていました。

三觜先輩 雨予報でした。降らないでくれってひたすら祈りながらも、小降りだったらラッキーくらいの感じで思っていました。

中島 式典の際の天気はどうなったのですか?

稲田先輩 式典の時だけ雨が止むという奇跡が起きたんです。僕らもびっくりしました。

金子先輩 最後はキレイな夕日まで出てきて、安藤理事長は「本当に持っている」という話になったのを覚えています。

三觜先輩 雨が降っていたため、設営中に、「江の島で、本当に式典をやるのか!?」という電話が来たのですが、安藤理事長に確認すると、やろう!と言うのでミナパークに会場を変更する気は一切ありませんでした。

金子先輩 安藤理事長は決断力がありました。その場ですぐに決断してくれて、やろうと言ってくれたからこちらも準備に専念することができました。

稲田先輩 あの場で、ミナパークにしようとなっていたら凄い盛り下がっていたと思います。しまいには夕方に晴れたとか言ったら目も当てられなかったです。

三觜先輩 あの日ほど携帯電話で天気予報を見た日はありませんでした・・・(笑)

中島 雨の中強行し、式典の時だけ雨が止むというのはドラマのようなお話ですね。今回の60 周年式典では記念誌を作成します。50 周年にも記念誌を作成していますが、作成の過程で何か印象に残ったことはありますか?

稲田先輩 当時の安藤理事長へ締め切りはいつまでと伝えているのに、締め切りを過ぎてから、ここを直してほしいと何度も言われました。でもこれがJC だなと思って当時は何度も修正しました。

金子先輩 記念誌作成にあたり、稲田さんと2 人で日本JC会館まで行き、藤沢JC の設立趣意書の原本を見せてもらいました。記念事業に関わっていなかったら見に行くこともなかったと思うので、良いきっかけになりました。ここまでやり切ったんだという思いを持って記念式典の構築を行いました。

中島 安藤理事長のお話が出てきましたが、安藤理事長とのエピソードはありますか?

稲田先輩 安藤理事長はメンバーの事をよく見てくれていたと感じました。細かい指摘は多かったのですが、それだけしっかり目を通してくれているんだなと後々気が付くことができました。

金子先輩 本当にJC が好きな人だったと思います。JC が趣味と言うか、それだけ熱量を向けられることが凄いし羨ましいと思っていました。

三觜先輩 安藤理事長は私たちメンバーが活動しやすい環境を作れるかということをとても考えてくれていた理事長でした。委員会をやる時には絶対に安藤理事長は来ることがなく、委員会の前後で、わざわざ私の家の近所のサイゼリヤまで来て、状況を聞いてきたり、安藤理事長の意見を聞いたりしていました。それは安藤理事長なりに、委員会のメンバーが自由に意見を交わせるようにという気遣いだったんだと思います。

中島 安藤理事長の人望の厚さが皆さんのお話から感じ取れます。最後に、これからの藤沢JC に期待することや、現役メンバーへのメッセージをお願いします。

三觜先輩 青年会議所は40 歳までという限られた時間しかありません。自ら率先して行動し、より良い未来を築き上げて下さい。皆さんのご活躍を願っています。

インタビュアー:60周周年特別会議 成瀬雄一議長、中島由裕小幹事

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