
第40代理事長山本荘司先輩、第41代理事長磯田賢吾先輩、第42代理事長小澤一成先輩
菅井 当時の想いや経験を伺いたいと考えております。
山本歴代 最初に藤沢JC を仲間同士で興したチャーターメンバーの一人が第4代歴代理事長の私の父になりまして、初代の理事長の竹間先輩の親友でした。 当時、人生に悩んでいて、親にも迷惑をかけてしまっている自分自身があり、それを見た父が、「青年会議所に入って、人のために視線を変えなさい。」と勧めてくれて、30 才の時に青年会議所に入ったというのが、理由です。
磯田歴代 私は、うちの会社に、父の兄弟が二人いまして、その叔父が二人ともJC の卒業生になります。一人は鎌倉JC で、一人は藤沢JC だったのですが、当時は鎌倉JC が30 名ちょっとで、藤沢JC は120 名ぐらいいた時代で、「地元で商売していくなら、地元の仲間を増やした方がいいよ。」という叔父の勧めもあり、会社は鎌倉の腰越でしたが、藤沢にも事務所があり、住まいも藤沢だったので、藤沢JC に入ったというのがきっかけです。藤沢JC は会員数が多かったため、様々な人々と出会い、活動を通じて、広く深い付き合いが出来たため、藤沢JC に入会して良かったと感じています。
小澤歴代 私は、当時現役に所属していた同級生に、「JC っていう団体があるんだけど、来てみなよ」と誘われて、委員会と懇親会と、もう一回行った時には入会申込書があって、何をするかもわからないまま入会しました。昔はちょっと騙されたような感じもありました。( 笑)
菅井 御三方ともに、全く違っていて興味深いお話しでした。山本歴代理事長に、周年の理事長としての当時の思いを聞かせて下さい。
山本歴代 0 周年(まるしゅうねん)だから足元をしっかりみましょうというところから所信を書きました。【温故知新】というスローガンは、自分の大好きな言葉で、先人の皆様の志を継承していって、自分自身の新しいことを出していきたいっていう部分でしたので、【温故知新】しか考えられなかったです。本当に1 年間いろいろあった40 周年でしたけど、藤沢JC っていうのは密な事業があったので、各委員会の委員長さんの思いを、その近くで感じながら、よく話し合ったのは覚えています。
菅井 その思いを当時の委員長達は完遂しましたか?
山本歴代 完遂できる委員長もいるし、できない委員長もいましたが、副委員長がバックアップしたり、うまくいかなかった時にはスタッフのみんなが委員長を支えてあげて事業を打てました。記念事業もあるし、式典もあるし、大変な一年間でしたが、JC は大変じゃないと(笑) でも、合言葉は「楽しくなければJC じゃない」でした。
磯田歴代・小澤歴代 言ってましたね(笑)
磯田歴代 「楽しくやらなきゃやり遂げられない」っていうこと。自分が楽しくなければ、他の人を楽しくすることなんてできない。どうせ同じ時間使うなら、楽しまなけばという思いはありました。
菅井 理事長のときに一番印象に残っていることを教えて下さい。
山本歴代 一番最後のクリスマス家族会ですね。今でもそうですが、思い出すと目頭が熱くなります。とにかくあの時を思い出せと言われると涙を流したことばかり(笑)あの理事長は何回泣いているんだっていわれるような理事長職だったと思います。
小澤歴代 やはり、2002 年に国際アカデミーを藤沢市で開催したことです。国際アカデミーは国王クラスの人たちが研修に来るんです。当時もですが、今でも国際アカデミーを藤沢で開催したというのはすごいことだと思うし、一生懸命頑張ったのは山本さんと磯田さんでした。

山本歴代 日本青年会議所の副委員長で出向して、目立ちたかったんです。なぜ目立たなければいけないかというと、国際アカデミーをとらなければいけないからです。特攻隊長みたいな形でやりました。仕事もないがしろにして打ち込んでしまいました。さすがに、父には「次の年は仕事の方にも打ち込んでくれ」と言われてしまって、次の年から少しスリープ期間に入ってしまいました(笑)
磯田歴代 ASPAC を実施するには、国際アカデミーをやらないといけないというルールがあるので、ASPAC を実施する為に、国際アカデミーを開催するのが通常なのですが、うちは国際アカデミーをやりたいといと言って開催までこぎつけました。開催できて本当に良かったですが、かなり大変でした。

磯田歴代 2002 年の国際アカデミーで実行委員長を務めた川又さんが、2003 年度に理事長になったときに、改めて藤沢に目を向けましょうといって、藤沢の13 地区に併せて委員会も13グループ作りました。理事会も必ずどこかの地区でやって、懇親会もその地区の飲食店で開催していました。メンバーが、「遠くて行くのが大変だからやめましょうよ」と言っても、理事長は、絶対に譲らずにやり切りました。 2002 年の国際アカデミーの翌年に、もう一回地元である藤沢の地域を見直す活動に切り替えた川又理事長の年は、これぞJC という大先輩もいるくらい評価されています。

菅井 最後に、御三方を代表して、山本先輩から、今後のJC メンバーにメッセージをお願いします。
山本歴代 現役時代の出来事は、私の宝物です。仲間たちは思い出の残っている人ばかりです。理事長を経験して、様々なことがありましたが、あきらめずにやり遂げることができました。現役諸君にも、あきらめずにやり遂げる充実感を、人生の糧にしてほしいです。

インタビュアー:地域青少年向上委員会 菅井幸司委員長、小手勇輝副委員長、水野有喜副理事長


